血圧測定の方法で得られる情報[1]白衣高血圧・白衣現象(効果)医療環境下(外来など)で測定した血圧が常に高血圧で,非医療環境下で測定した血圧(家庭血圧,ABPM)は常に正常である状態をいう。したがって,白衣高血圧・白衣現象の診断に家庭血圧測定,ABPMは不可欠である。白衣高血圧は未治療者における定義である。診察室血圧と家庭血圧の差は治療中の対象でも認められる。この現象を白衣現象(効果)と呼ぶ。治療中の患者で,医療環境下血圧が高血圧かつ非医療環境下血圧が正常である場合,「治療下白衣高血圧」と特定しなければならない。白衣高血圧が有害か無害かはまだ確定していないが,白衣高血圧から真性高血圧への移行の確率が高いこと,9年の追跡で脳卒中発症リスクが持続性高血圧と同等になることが知られている。 白衣高血圧とは逆に,診察室血圧は正常であり,非医療環境での血圧値が高血圧状態にあるものを呼ぶ。治療者,未治療者を問わず認められる。診察室血圧では遮蔽(マスク)された高血圧という意味で仮面高血圧(masked hypertension)と呼ばれる。これにはnon-dipper,riser,モーニングサージなどの生理的な血圧日内変動の一部としての朝の血圧上昇や,降圧薬の薬効持続が不十分で,次回服用前の血圧が高血圧レベルに上昇してしまった結果の朝の高血圧が関係する。一般には家庭血圧測定によりとらえられる。仮面高血圧の不良な予後は明白である。職場高血圧も仮面高血圧の一型である。 [3]早朝高血圧早朝高血圧の厳密な定義はないが,早朝起床後の血圧が特異的に高い状況を早朝高血圧と定義できよう。家庭血圧,ABPMの測定でとらえられる絶対値としては,たとえば朝の家庭血圧が135/85mmHg以上の場合早朝高血圧といえるが,特異的に朝の血圧が高いという定義からは,たとえば朝の家庭血圧が,就寝前の家庭血圧に比べて高いという状況が見いだされなければならない。この早朝高血圧をもたらす血圧日内変動には2つの形がある。一つは夜間低値の血圧が早朝覚醒前後に急激に上昇して高血圧に至るモーニングサージ,もう一つは夜間降圧が消失したnon-dipper,あるいは夜間昇圧を示すriserに認められる早朝高血圧である。両者とも心血管病のリスクとなりうると考えられている。 [4]夜間血圧ABPMによる睡眠時血圧を夜間血圧と呼ぶ。近年では家庭血圧測定計によっても深夜睡眠時の血圧を自動的に測定することが可能になった。昼間の血圧レベルより10-20%夜間降圧するものを正常型(dipper)とし,0-10%の夜間降圧を示すものを夜間非降下型(non-dipper),夜間に昼間より高い血圧を示すものを夜間昇圧型(riser),および20%以上の夜間降圧を認めるものを夜間過降圧型(extreme-dipper)と分類している。non-dipper,riserの予後が不良であることは疑いない。non-dipperやriserではdipperに比較して,無症候性ラクナ梗塞,左室肥大,微量アルブミン尿などの高血圧性臓器障害を高率に認める。また,前向き研究においてnon-dipper群はdipper群に比較して心血管事故のリスクが高いことが示されている。しかしながら,本邦の高血圧患者600例以上を対象としたJ-MUBAでは,臓器障害のない例でもnon-dipperを示す例が数多くみられている。一方,大迫研究の成績によれば,正常血圧者においても,non-dipperの心血管事故のリスクは高い。このような観点から夜間血圧の臨床的意義が注目されている。extreme-dipperを示す高齢者では無症候性脳梗塞が多いとする報告がある反面,一般住民ではextreme-dipperのリスクはdipperと同程度であるとする報告もある。また夜間血圧の上昇は,直線的に心血管病のリスクを上昇させるとする大規模介入試験や国際協同研究の成績があり,夜間血圧も低いことが予後の改善につながると考えられる。 [5]中心血圧中心血圧とは,一般に大動脈起始部(中心大動脈)の血圧を指す。間接的・非侵襲的な中心血圧の測定法として,これまでにアプラネーション・トノメトリで記録した橈骨動脈圧波形を伝達関数によって大動脈圧波形に変換するか,頸動脈圧波形を大動脈波形の代用として記録し,上腕血圧で補正する方法が用いられてきた。また,橈骨動脈圧波形の後期(第2)ピーク圧から線形式を用いて推定する方法も用いられている。動脈系における圧波の伝播と反射の現象により,中心血圧は従来用いられてきた上腕血圧と異なった値を示すことが知られる。中心血圧や波反射の指標である増幅係数(augmentation index:AI)は,心血管危険因子の存在下で上昇するとともに,心臓など主要臓器にかかる圧負荷を反映し,上腕血圧より密接に高血圧性臓器障害と関連することが推測されている。また,降圧薬は中心血圧と上腕血圧に対して異なった降圧作用を示し,上腕血圧では認められない薬剤効果の差異が,中心血圧測定により実証されうる1。近年の縦断研究により,中心血圧やAIが上腕血圧とは独立に心血管イベントと関連し,高血圧治療に伴う臓器障害退縮のマーカーとなる可能性が示唆されている。しかしながら,中心血圧の予後指標としての有用性は,今後の大規模な観察・介入研究によりさらに検証される必要がある。本邦では,橈骨動脈脈波より中心血圧,AIを計測する装置(オムロンヘルスケアHEM-9000AI)が使用されている。 [6]心拍心拍数の増加は心血管病の罹患率と死亡率,さらには総死亡とも関連するという多くのエビデンスが蓄積されている。ことにABPMによる心拍数や家庭血圧測定に基づく心拍数の予後予測能は高い。しかしながら,至適な心拍レベルへの心拍数のコントロールが予後を改善するという確固たるエビデンスはまだない。したがって至適心拍数も設定されていない。 [7]収縮期血圧・脈圧中年以降の対象においては,収縮期高血圧は,強い心血管病のリスクである。したがって,脈圧が心血管病発症の強力な予測因子であることが知られているが,本邦における脳卒中発症の予測能に関しては,脈圧より収縮期血圧や平均血圧の方が高い。こうした事実も家庭血圧やABPMでより明瞭にとらえられる。
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